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鹿児島のシンボル、桜島を望む錦江湾の一角に、夏の終わりから初秋にかけクラゲの楽園となる場所がある。臨海部の埋め立て地を高潮から守るため整備された幅60メートル、長さ1・6キロにわたる長大な「与次郎ヶ浜(よじろうがはま)長水路」だ。
日が落ちて暗くなった水面を水中からライトで照らす。すると、直径10センチ足らずの半透明や褐色の傘を持つタコクラゲが一面に広がって漂う不思議な光景が浮かびあがってきた。数百体はいるだろうか。水面を離れて眺めると、春の終わりに風に散ったサクラの花弁が水面に落ちて広がる花筏(はないかだ)のよう。
よく観察するとライトに反応し、タコクラゲが傘を開閉させて泳いでいる。水の中が白くかすんでみえるほど豊富なプランクトン。それを捕食するために、触手を伸ばして集まったタコクラゲが〝クラゲ筏〟の正体だった。
鹿児島市の「いおワールドかごしま水族館」でクラゲ担当の堀江諒(まこと)さん(30)は「波が少ない水路で、クラゲの泳ぎだす前段階のポリプが岩などに付着、成長し、この時期に大量に発生するのではないでしょうか」と解説する。
錦江湾はクラゲの種類が豊富だが、時期や波の状態など、条件がそろわないと大量に集まって浮遊するのを目撃することはなかなかできない。
地元ダイビングショップでガイドをしている松田康司(こうじ)さん(35)は、「夜の水路の様子を見ようとダイビングしていると、偶然、明かりにクラゲたちが集まってきた」という。早速、ショップで夜に長水路をシュノーケリングで観察するツアーを企画、「クラゲナイト」と名付けた。実施する度に自治体に届け出を提出、案内している。
今回は、ウエットスーツを着てツアーに参加。タコクラゲとともに遊泳してみた。
水中で、豊富なプランクトンは静かに雪が降っているようにみえた。その間をピンクや薄青色の傘を花のように広げて自由に漂う無数のタコクラゲたち。ライトで透過された半透明な体を傾けながら、浮遊する姿はファンタジーの世界だった。
錦江湾の豊かな自然と、人工的に作られ、波と隔てられたスペースという環境が重なり、人に知られないまま、タコクラゲにとって絶好な生育環境となっていたようだ。そこに光を投げかけたことで、誰も見たことのない景色が現れた。
筆者:彦野公太朗(産経新聞写真報道局)